みぞグミBLOG

描いた漫画/読んだものについての感想/日記を置いています。

つぶつぶ定期便5

限界を迎えた日の朝
パートに行く日の朝、起き上がったベッドの上で「もう限界だ」と思った。

身体が重くてだるい。休みたい。ていうか、毎度パートの仕事後に昼寝をしているせいで原稿の進行が遅れているのでもうパートを辞めたい。このままベッドにもぐって眠ってしまおうかな…と思うものの、今日は私ひとりの人員配置で割り当てられている仕事がある。パートの仕事のみんなの顔が頭に浮かぶ。行かなくては…。
何も考えずに無心で支度をした。
身体がだるいのは鉄分不足かもしれないと思い、仕事に向かう道中のコンビニで鉄分補給ドリンクを買って飲んだ。
そうしたら、やや元気になってきた気がした。糖分が効いたのかも?そのまま何とか出勤し、無事に仕事を終えることができた。
帰りはお魚屋さんで好きなものを何でも買っていいことにした。ねぎとろ丼、メロの照り焼き、稚鮎の天ぷら。これらを抱えてウキウキと帰宅したものの、最近食欲がなく、半分も食べ切れずに残りは夕飯に回した。
昨日17時間寝たのでさすがに今日はパート後の昼寝はせずに済み、原稿の下絵に集中できた。
そして、どうしてもしゅうまいを包んで蒸さないと気が済まないという気分になったため、夕方にスーパーへ出かけてしゅうまいを作った。
今朝、「もう限界だ」と思ったけれど、しゅうまいを作る気力とエネルギーはある。私は今、すべてのゲージが限界値まで減ってしまっていると思っていたけれど、むしろ思うように執筆に時間を使えないことなど、満たされぬ欲求のゲージがあってつらくなっているのかもしれない。パートの仕事も漫画の仕事もバリバリやれたらいいのになぁ。
今日一日が終わりかけているころに思ったことは、「今日ちゃんとパートの仕事に行ってよかった」。
たくさんの人にお世話になっているし、辞めるなら「漫画の仕事が忙しくなってしまった」という理由で辞めたい。「それなら仕方ない」とみんなにちゃんと見送ってもらって辞めたいなぁと思う。

 

パートと漫画の両立
パートの仕事を始めて1か月半が経った。先日、無事に20話の原稿も完成させ提出することができた。
これは、パートと漫画の仕事の両立ができていると言ってもよいのではないだろうか…!とてもうれしい。
ただ、「パートに出かけて動いているから」と言い訳をして家でほとんど運動をしなくなっている。パートに行かない日は万歩計の歩数が30~100歩程度。ストレッチや体操などもやらなくなってしまった。
パートと漫画の仕事を両立しながら身体も整えて生活をするというのはなかなか大変なことだ。

 

朝の活動
友だちと待ち合わせて朝の10時からノンタン展を見に行った。
ふわふわの毛並みの大きなノンタンが会場の入り口で眠っていて可愛かった。
館内は子どもが楽しめそうなしかけがたくさんあって、プロジェクションマッピングであちこちに現れるノンタンの姿を追う子どもや作中の再現をしたブランコに乗る子どもに立体絵本に夢中になる子どもなど、みんなが各々楽しむ姿が見られた。
館内中ほどに2mくらいの大きさの立体バースデーケーキと写真を撮れるフォトスポットがあり、4人組(大人3人子ども1人)の家族らしき人たちが「誰かに撮ってもらわないと全員写れないよー」と話していたので「私撮りますよー」と声をかけ、カメラを受け取った。真ん中に立たされたまだ小さな子どもはじっとしない上にまったくカメラの方向も見ず、私と友だちはふたりで「こっちだよー」「おーいおーい」「こんにちはー」などと一生懸命声をかけてみたけれど、結局きれいな形での写真は1枚も撮れなかった。
でも、私がカメラを構える前で、かわいかろうとつけられたカチューシャを外しどこかに歩いて行こうとする自由な子どもの一挙手一投足に困ったり笑ったりしている家族(多分)の人たちの表情がそれぞれにとても豊かで、いい写真がたくさん撮れたなぁと私は思った。
他にも、子どもとふたりで来ている大人の人からスマホやカメラを預かって何回か写真を撮影した。ノンタン展に来ている子どもたちはかなり小さな子が多く、誰一人としてカメラに目線をくれたり笑顔を向けたりしてくれなくて面白かった。
お返しに私と友だちとノンタンのスリーショットも撮ってもらった。


アミューズメント感のある展示もかわいかったが、やっぱり私は原画展示のコーナーが一番楽しかった。作者のキヨノサチコさんの作業机も見られた。この、作者の作業風景を再現する展示って好き。
作者の方は長くハワイに住み、そこで執筆されていたということが紹介文に書かれていて驚いた。ノンタンはハワイの地でえがかれていたのかー。
展示を見たあとは併設のグッズコーナーで図録などを買い、ノンタンカフェでごはんを食べた。これだけ楽しんでもまだお昼の12時。私も友だちも仕事があるので解散し、私はカフェに入って最終話のプロットを書いた。すごく集中できて、いいものが書けたと思う。
朝から活動するって最高だ~。

最近友だちと朝に集まって早めに解散することにはまっている。
先日も、カフェでモーニングを食べたあとに10時からやっている占い屋さんに行き、お昼には解散してそれぞれの仕事に集中した。
パートの仕事のおかげで午前中に起きる習慣が身についたから、日々にすごく充実感がある。

つぶつぶ定期便4

自分の体調と社会生活との折り合い

台風が近づいてきており、気圧が不安定だ。
身体がだるく、重い。元気が出ない。
こんな日でもパートの仕事に出かけるのだから、本当にえらいと思う。
パート先には出勤時に自分の今日の健康状態を記号で記入するという決まりがあるのだけれど、そこにはいつも通り〇印を記入してしまった。
こういう時、体調が優れないことを申告できない。
明らかに風邪症状があるとか腰痛がひどいとかなら申告できるのだけれど、気圧の変化によって体調が優れないというのはなんだか言いにくい。
気圧の影響を受けにくい人もいるので、理解されないのではないかと思ってしまう。
また、別にこれによって配慮をしてほしいとか何かを求めたいわけでもないので伝える必要がないようにも感じてしまう。
自分の体調と社会生活との折り合いのつけ方はむずかしい。

 

丸一日漫画を描ける日

パートの仕事がある日は、帰ってきてからいつも昼寝をしてしまう。
もはや、帰宅して昼食を食べたあとにベッドに行くことを身体が楽しみにしている気配すらある。


昨日も、パートから帰ってから原稿の下絵作業に入ろうという予定を立てていたのにぐっすり眠ってしまって机に向かえなかった。
そして今日は待ちに待ったパートがお休みの日!
久しぶりの原稿作業に心はウキウキ!…かと思いきや、「こんな枚数の原稿を仕上げる能力が自分にあるのだろうか」と不安な気持ちが出て、なんだか腰が重い。あと、やり始めるまでがいつも面倒くさい。
でも、嘉村さんが作業通話に付き合ってくれて、下絵作業に取り掛かることができた。
描き始めるとすごく楽しい。パートの仕事をしていて漫画を描く時間が自由にとれない分、こうして漫画の作業に没頭している時間をすごく幸せなものに感じた。

 

すいかの鉢その後

すいかの鉢からびわの芽も生えてきた。
これにより、びわを植えたはずの鉢に何らかの理由ですいかの種が混入したことが明らかとなった。
うちのベランダにはたまにはとがやってくるので、はとが運んできた種かもしれない。
はともすいかを食べるんだ。
どこで食べてきたのだろう。

美味しい食べ物

ゴールドキウイを輪切りにして、その上にブラータチーズを載せ、ハーブソルトとオリーブオイルをかけて食べることにはまっている。
ゴールドキウイは冷やし過ぎない方が甘さを感じられる気がしておすすめ。
秋には、ゴールドキウイを柿に置き換えたものも美味しかったのでそちらもよかったらぜひ食べてみてください。

つぶつぶ定期便3

早起きの練習
パートの初出勤日が決まった。
これからは週4日、朝6時に起床する必要がある。
私は現在毎晩12時間眠る生活をしているが、こんなに眠っていてはパートと漫画の両立はできない。毎日こんなに眠りたくない。過眠をどうにかしたい。
過眠について色々調べてみて思ったこととしては、

・睡眠の質が悪いため長時間眠っている可能性が高い
・眠る前に頭皮マッサージをすることで睡眠の質が高められるらしい
・やはり運動不足と過眠にはつながりがあるかもしれない…1日1時間程度は運動をした方がよさそう

以上のことを踏まえ、早起きの練習を始めた。

【練習の結果】
7月15日(水)…16時起床
   16日(木)…14時起床
   17日(金)…13時起床
   18日(土)…10時起床
   19日(日)…8時起床
   20日(月)…12時起床

毎日失敗しているけれど、着実に6時に迫りつつある…!と思ったが、練習最終日に12時起床。一度も早起きに成功しないまま、不安を抱えてパートの初出勤日を迎えることとなった。
前日は、ごはんをよく食べ、念入りなストレッチと体操、入浴、就寝前の頭皮マッサージを全て行った。その甲斐あってか、パート初日は予定通り6時に起床して出勤することができた!

早起きと労働に成功し、この日はいい一日だった。

 

パートの仕事に出かけてみて(3日目)
今のところちゃんと早起きをして、遅刻することなく出勤ができている。
職場の方はみんな親切で、優しく仕事を教えてくれる。
お昼までのシフトなので、パートの仕事を終えた後は漫画の仕事に集中するつもりでいたのだけれど、毎日へとへとに疲れてしまって家に帰って昼寝をしている。そして昼寝から目を覚ましたあとも疲労で頭が働かず、机に向かっても思うように仕事が捗らない。加えて、パート先で慣れない動作をしているせいか激しい腰痛にも見舞われている。

5時間の労働でこんなにくたびれてしまうとは…。
午前中のパートで身体を動かし、午後は漫画の仕事に集中する…という理想を思い描いていたのに、パートの仕事だけですべての力を使い果たしている現状だ。
週4日5時間勤務でへとへとなのに、週5日出勤し8時間の勤務をこなしている人々がいるという事実のすごさを改めて感じずにはいられない。これがスタンダードな働き方だなんて、信じられないよ…。この働き方をしつつ趣味や仕事で漫画を仕上げている人も世の中にはたくさんいるのだから、もう本当に…ものすごいとしか言いようがない。
挫けそうになっているけれど、でも、これはチャンスだと思う。
この生活を続けて、私もパートと漫画を両立させる体力を身につける…!
今はまだ慣れないことも多くてへとへとになってしまっているけれど、もともと脳が多動傾向にあってマルチタスクが好きだから、慣れることができたら午前中にパートの仕事をして午後に漫画の仕事をする生活っていうのはかなり自分にとっていいような気がしている。
自分にとってよい生活リズムが生まれたらうれしいな。

 

 

パートの仕事に出かけてみて(7日目)
1週間、無遅刻無欠席でパートの仕事へ行くことができた!
パートの仕事に出かけてみて、自己肯定感がとても上がっているのを感じる。
これまで、「早寝早起き」や「外へ働きに出かける」ということは、もう私にはできないことだと思っていた。そのできないと思っていたことができたという事実が、私の心をすごくイキイキと活気づかせている。出勤の道中なんて、「いま私…行けてる!」「これからパートの仕事をやる私!」「すごいすごい!」と心の中が盛大に盛り上がっている。

勤務4日目にして、パート後に昼寝をせず過ごすということもできた。この調子でパートと漫画の仕事が両立できたら夢みたいにうれしい。
夢といえば、パートの仕事を始めてから毎晩、悪夢またはパートの仕事をしている夢を見ている。
パートの仕事に行けている自分をうれしく思いつつも、漫画を描く時間が減っていることに対しては強いストレスを感じている。パートの仕事中はすごく色々な漫画のアイデアを思いつくのに、それを形にする時間と体力がないことがもどかしい。でも、パートをやめるわけにはいかない。毎月の生活費を稼ぐって本当に大変なことだな。
パートの仕事は運動にもなるし、身体にもいい影響を与えていると感じる。一方で、充実しつつもやりたいことを思う存分やれていない現実にフラストレーションを抱える1週間となった。
みぞグミのパート&まんが道はまだまだつづく…。

 

お裾分けのびわ

先月、トーンアシスタントさんが美味しいびわをお裾分けしてくれた。食べ終えたあとの種がとてもつやつやと立派だったため、捨てるのが惜しくなりひとつだけベランダの鉢に埋めてみた。するとすぐに芽が出て、毎日ぐんぐんと元気に育っていった。

しかし、徐々に様子がおかしくなっていく。
びわと言えば木になる実のはずだけれど、芽はやがてくるくるとした蔓になり、上ではなく下に向かってぐんぐんと伸びていった。


こ、これは一体…?
植物認識アプリで撮影してみると、名前の欄に「枇杷」ではなく「西瓜」という表示が出た。
ええ~!?
私は戸惑いを隠せなかった。私がこの手でびわの種を埋めた。それは間違いがないのに…。
いつの間にびわの種がすいかの種にすり替わったのか?
びわの木を大きく育てていく気満々だったのに、私はすいかを育てていくことになってしまった。すいかの育て方なんて知らないし、そもそも広いとは言えないこのベランダですいかなんて栽培できるのか。
ただ、あまりにも毎日元気にぐんぐん蔓を伸ばしていくので今更捨てるというのも心が痛む。
そしてついには先日、黄色い花まで咲いた。かわいい。


ベランダ園芸が、私の予期せぬ方向に進んでいる。
経験不足でもしかしたら最後まで育て切ることはできないかもしれないが、私なりに一生懸命試行錯誤してすいかづくりに挑戦してみる。
まさか私が、すいかを育てることになるなんて…。

 

運命的出会い
パートの仕事で使う軍手を買いにホームセンターへ行った。壁一面に多種多様な軍手が並んでおり、一口に軍手と言ってもこれほどの種類があるものか!と初めて知った。私は「働く人の操作性にこだわった最適な密着力」というキャッチフレーズの書かれた黒い軍手を選んだ。「素肌のような密着感」と書かれた軍手も気になったが、宇宙人の手のような色味だったので周りの人に気味悪がられるのではないかと不安になりそちらは買えなかった。
あとは漫画の仕事で使うノートも購入し、さて帰ろうと外を見ると空はびっちりと厚い雲で覆われて暗くなっており、その後突然雷が光って大嵐がやってきた。ホームセンターは広いのでいくつもの出入り口があるが、そこから雨風がブワーッと入り込んできて、店員さん達が慌てて出入り口を封鎖していた。入り口付近にある商品で軽いもののいくつかは、風に飛ばされて床を転がって行った。ホームセンターのお客さんは犬を連れている人も多いので、抱っこされたりカートに入ったりしている犬たちが一斉に「どうしたどうした」と暴れ出していた。
私は帰るのを諦め、併設されているカフェでホットドックを食べてアイスレモネードを飲んだ。そして外が明るくなるまで修正ネームのアイデア出しをした。
1時間ほどで嵐は去り、また暑い陽射しが戻ってきた。外に出て、植物が販売されているスペースを通り出口に向かおうとしたところで、ハッと惹きつけられるものが目に入った。少し大きめの鉢植えの木に、ひとつだけサーモンピンクとコーラルオレンジが混ざったような花が咲いていた。

一目で「かわいい!」と心が奪われた。
立て札には『プルメリア』と書かれていて、育て方も難しくないですという旨が小さな文字で印刷されていた。「欲しい」と心が言っているのが分かったが、この大きさの鉢を持って帰るのは少し大変だ。荷物を軽くしてまた次回来よう…と歩き出したが、もし次に来た時になくなってしまっていたら…という不安がよぎり、もう二度と会えないかもしれないと思った時には鉢を持ってレジに並んでいた。一番大きな袋に入れてもらい、よっこらえっこらとなんとか家まで運んだ。
ベランダに置くと、「なんて愛らしいのだろう…!」と胸がいっぱいになった。先ほどの嵐の影響で葉っぱには水滴がたくさんついていて、それが太陽の光に照らされてきらきらと光っている。一つだけ咲いている花も、丸い葉っぱも青空によく映える。今日買ってよかったのだ、と自分の判断が間違っていなかったことを確信した。だって、あんなに強く惹かれることってなかなかない。プルメリアの鉢が仲間に加わった。うちのベランダにはそれほど大きな植物は置いていないので、この木が一番背が高い。これからますます大きくなっていくのだろうか?楽しみだ。

 

精神的落ち込み
2日間ほど、精神的に大きく落ち込んだ。
漫画を自分が思うようなペースで描けていないことがつらくなった。予定通りに隔週で連載をしていたならば、もうとっくに『はなまる・エントロピー』は最終回を迎えている。それなのに私はまだ最終話の1個手前のネームの修正に悩んでいる。〆切の約束をやぶりつづけているわけなので、申し訳ないし情けない。漫画を描かないと収入も減るし、このまま描けないのかなぁ…と将来を不安に感じた。消えてしまいたいなぁという気持ちがずっと心の中にあり、苦しくなる。
予約をしてしまっていたので、気が進まないながらも美容院に行った。さっぱりと髪の毛を短くカットしてもらい、きれいに染めてもらった。美容院ではうれしい気持ちになっていたのに、お店を出て街を歩いていると「あーあ…。漫画も描いていないのに、美容院に行ってお金を使ってしまったなぁ…」と後悔のような気持ちがじわじわと湧いてきて、帰宅する元気が削り取られてしまった。身体が重くてだるく、家で横になりたいのに家に帰れない。しぶしぶカフェに入ったけれど、やっぱり横になりたくてたまらない。


カフェラテを半分飲んだところで、「家に帰るしか楽になる道はない」と力を振り絞りなんとか帰宅。家に着くとほっとした。イスに座ってきゅうりをかじったらなんだか眠るというよりは運動をしたいという気持ちになり、ストレッチをした。そのまま横になりたかった気持ちは萎んでいって、洗濯をしたりお米を炊いたり食材を炒めたりしているうちに、こんなふうにしくしくと人生を過ごすことが惜しいように思えてきた。
漫画が描けないというのは確かに由々しき事態だが、そんな状況にあっても毎日楽しく過ごすことができたら…さぞ愉快な気持ちだろうな、と思った。私と同じ状況にあっても落ち込まない人もいるのかなぁ、と想像すると、落ち込んでいる自分の方はなんだか損というか、もったいないことをしているように感じた。
できることからやっていくしかない。明日も朝からパートの仕事だ。行ってる場合か、と思うけれど、これも生きるために必要なことの一つだ。こんな今の私にしか描けない漫画が、きっと描ける。

つぶつぶ定期便2

スマートフォンを一日何時間見ているか
 毎日12時間前後眠っている。
 そうすると一日は12時間しかないわけだけれど、毎日平均4時間ものあいだスマートフォンの画面を見ているそうだ。
 貴重な12時間のあいだ4時間も!スマートフォンの画面を!!見ている…!!!!!

 基本的に仕事のメールはパソコンで返信しているので、4時間の内訳のほとんどはSNSをだらだら見ている時間だ。
4×7で28。つまり、1週間のうちおよそ丸2日スマートフォンの画面をただ見つめる日というのがあるということになる。
人生について考えてしまう。私はこういうことに命を費やす生き方でいいのか、と…。

一日のうち、スマートフォンの画面を長く見ているタイミングは仕事をやり始めるまでの助走「やらなきゃなぁ…」「でもなぁ…」という時間と、眠る前の時間。この時間、文字が読みたいというのなら本を読んでもらいたい。ベッドの上部にデスクライトを設置したり、出かける際には本を持ち歩いたりしているのに、いつもスマホを見ている。本を読むことができないのなら、ストレッチをするというのもよい案だ。
「起きている時間全てを有意義なことに使え」とは思わないけれど、不本意な習慣がついてしまっているだけで、私はスマートフォンの画面を見たくて見ているわけではないと思う。限りある時間を、自分の好きなことや納得のいくことに使いたいなぁ…と思う。

 

漫画を楽しく描く方法が知りたい
 昨日と今日、漫画を楽しくイキイキと描けていない。苦しい。
 楽しくイキイキと漫画を描くってどういうこと?
 私は、「早くこれをみんなに見せたい!」という気持ちになりたいのだと思う。どういう時にそんな気持ちになれるのか?それは、「私は今すごく楽しいことを描いている…!」とか「これは私にとって価値があることを描いている…!」と思えている時かなぁ、と分析した。
 楽しいこと、わくわくすることを思いつきたい。私の中にこんな宝物があったんだ!と気づきたい。

モーニング娘。‘14の『What Is Love?』という曲

 モーニング娘。‘14の『What Is Love?』という曲が発売当初からずっと大好き。
 特に、「たった一人のちょっとした正義感で世界が輝くよ」「たった一人のポジティブなオーラから世界がポジティブ連鎖する」という歌詞は希望でキラキラ輝いていて、私の心も元気に輝いてくるような感覚になる。こういうことを信じて、こういう世界観で生きていきたいんだ私は!と心から思う。

 「たった一人を納得させられないで世界中口説けるの」「たった一人を不安にさせたままで世界中幸せにできるの」という歌詞は、批判しようと思えば批判できる歌詞だと思う。人間は個別具体的な存在だから、「たった一人を納得させられないくせに世界中の人を口説けるがわけがない」という論は成立しないと私は思う。でも、これは心意気の話なのだと私は受け取る。こういう心意気で人生の任務を遂行していくのだ!だからこの歌詞にはとても心強く励まされる。この曲を聴いていると、精神的なところでつながれる仲間がいる、と感じられて感動で泣けてくる。

「楽しそうな祭りがあれば行ってみたいけれど 人が遊んでいるうちに働く勇気」という歌詞も、すごく好き。
 「そんな生き方、苦しい……」と感じてしまう人もいるかもしれないけれど、私は多分、根本的に働くということが好きなのだと思う(能力や体力はないのだけれども…)。
 誰かが楽しむために、働く。誰かが笑うために、働く。こういうことを、悲しいことや苦しいことだと感じなくて、むしろ私は、そういう生き方をすることが好きだと感じるタイプだと思う。
 楽しそうなお祭りに混ざりたい気持ちがないわけではなくて、でも、みんなが楽しいことをしている時に仕事をするのが自分の役割だ、となぜか昔から思っている。なぜ自分がこういう考え方をするのか分からないけれど、こういうのを持って生まれた星というのかな? 
 …と、ここまで全部文章で書いてしまったけれど、ぜひ『What Is Love?』という曲を聴いてみてほしい。ここに書いた歌詞は全部、文字じゃなくてメロディに乗って心に届いてくる。

つぶつぶ定期便1

絵日記断念

「絵日記を再開します!」と宣言し5月1日からふたたび描き始めましたが、絵日記を継続することがむずかしいと感じ始めてきてしまっているみぞグミです…。

絵日記の楽しさのひとつは「リアルタイムで今日みぞグミが何をしていたかが読める」ことだと思っているのですが、絵日記を描く時間を毎日作れていない現状があります。

今は漫画を描くことが楽しくて、漫画を描くことにたくさんの時間を使っています。
また、ほとんど毎日12時間前後眠ってしまっているため、日中に活動できる時間がとても少ないのです。

そうなった時に、他愛のない…だけどちょこっと書き残しておきたいような出来事を記録する方法を新たに考え直す必要があると感じました。

そのような経緯から、『つぶつぶ定期便』を始めます。

絵日記がまた始まると思ったのに…とガッカリされている方がいらっしゃったら本当に申し訳ないです。ごめんなさい。
イラスト入りで気軽に読めるものにしたいと思っておりますので、こちらも楽しんでもらえたら幸いです。

 

COMITIA156に遊びに行きました

6月7日日曜日。
三年番茶を水筒に詰めて、COMITIA156の会場、東京ビッグサイトへ向かった。

なんだかやけに早起きをしてしまい、サークル参加でもないのに8時ごろには会場に着いてしまっていて、開場時間の11時までカフェで描いたり読んだりして過ごした。
そろそろ開場するかな~と会場に足を運ぶと、係の方たちに広場のような屋外に案内された。そこにはびっくり仰天するほどの長い列ができており、「え!?コミティアってこんなに大人気!?」とたまげた。入場するまでに20分ほどかかった。

 


会場内では、事前にチェックしていた本と会場で偶然目にした本、半分半分くらいの比率で購入した。予算はあっという間になくなってしまった。

今回、出張編集部だけの別ホールがあるということで覗きに行ってみた。
そこは想像以上に人で溢れかえっており、編集さんに漫画を読んでもらいたいと思う人がこんなにいるんだ…と圧倒された。
自作を手にブースで列になっている人たちの姿を見て、「こんなに読めないよ…!」となぜか読む側の目線になって勝手に弱音を叫びたくなってしまった。
正直、これだけの人数の漫画を読みその場でコメントをするというのはちょっと人間のキャパシティを越えているように感じた。どうか全員ご無理なさらず…。

なんだかんだ閉場時間までコミティアを楽しみ尽くした。
閉場の16時を過ぎてみんなが駅へと向かう中、私はベンチに座ってぼんやりした。なんだか家に帰る元気がない。サークル参加している時より今日の方がなんだか疲れた。多分、普段は会場に遊びに来てくれている人たちのおかげでアドレナリンが出ているのだろうなと思った。

 

植物認識アプリ

胃が痛くて寝付けない夜があって、そのまま朝になってしまった。
寝ることは諦めて、植物の植え替えをすることにした。
もう4年ほど育てているゴムの木の成長がゆっくりなことがずっと気になっていたので、一回り大きな鉢に移し替えることにした。
掘り起こしてみると、思ったより根が短いし細い…。植え替えてみたものの、幹がひょろひょろだから新しい鉢の立派さに存在感が負けているような気がした。
幹を太くする方法はないものか?とインターネット検索をしていると、PictureThisという植物識別アプリを見つけた。



このアプリは、カメラで撮った植物の写真を解析してその名前を教えてくれるだけでなく、写真にうつる植物の育て方や健康状態まで教えてくれるという。
私は今まで独学で園芸をやってきたが、そろそろ誰かの教えを乞う頃合いなのではないかと思っていたところだ。ちょうどいいのでこのアプリをインストールすることにした。
家じゅうの植物の写真を撮り、その植物の健康状態を教えてもらった。半分は健康で半分は不健康とのことだった。
不健康と言われた植物については、「このような対応をせよ」と具体的な行動を示してくれている。
たとえば土が水を含み過ぎているから割りばしを使い穴をあけて空気が通るようにせよとか、枯れた枝は緑色の部分に少し食い込むくらいの位置で思い切ってカットして処分せよとか、サボテンが腐りかけているので土から引っこ抜いて根を洗ってしばし乾燥させよ、など。

私はすべてアプリの言うとおりにせっせと動いた。
人の指示に従って動くことも誰かのお世話をすることも苦手な方だと思っていたのに、楽しかった。教えてもらうって楽しいな。
このアプリのおかげでこれからはうちにいるみんなが健やかに大きくなっていくのかなぁ。そうなったらうれしいなぁ。

 

作業BGM

集中力がなく、21時過ぎになるまで作業を始めない日がよくある。
お湯をぐつぐつと沸騰させる音を聴くとリラックスできるので、そういう環境音の動画を流しながら作業をしようとYoutubeで探した。
一口に沸騰の音と言っても色々ある。一番「これだ!」と感じた音の動画の背景には、鍋の中でとうもろこしを茹でている映像がずっと映し出されていた。

 

 

最初は気にならなかったけれど、20分以上聴いていると「さすがに茹で過ぎではないか」と鍋の中のとうもろこしの存在が気になってきた。30分…40分…と経過すると耐えられなくなり、動画を消した。茹でられすぎてすっかりまずくなってしまったとうもろこしの存在感が残った。悲しい。

明け方4時前に、昨日の分のノルマが終わった。なぜ私はいつもこうなのか。仕事に取り掛かるまでの時間が長い。

 

アルバイトの面接に行った

アルバイトの面接に行く前日、履歴書を書いた。
履歴書を書くのは何年ぶりだろう。
アルバイトをするのは実に10年ぶりくらいなので、とても久しぶりなことは間違いない。
100円ショップで買った「パート・アルバイト用」と書かれた履歴書には、志望動機を記入する欄がなかった。これはすごく助かる。
志望した主な理由は「募集している勤務時間帯がちょうどよかったから」「自分が日常的に利用しないお店だから」「私にもできるかもしれないと思える仕事内容だったから」なので、こんなことなら書かない方がましだ。
割ときれいな文字でぴっちりと記入することができてうれしかったが、「免許・資格・技能など」の欄だけがきれいに真っ白だ。私は本当に何も持っていない。これほどの年数を生きていながら、何一つ……。
社会的に有用だと思われる資格取得を何一つせずにここまできたのかと思うと、逆にすごいような気がした。
それにしても、採用されたいようなされたくないような、複雑な気持ちだ。採用されたら、早起きをして決められた時間に出勤しなくてはならなくなる。でも、お金のためにはがんばるしかない。
収入に対して高額過ぎると言わざるを得ない額の税金を政府からむしり取られているので、働くしかない。
連載終了後は絵の仕事などをして次の連載の準備ができたら…と理想をえがいていたけれど、仕事の依頼が来ないことにはそんな生活もできまい。
でも、少しわくわくしている自分もいる。今回応募したアルバイトは過去にもやったことがある仕事内容で、その時はこの仕事が大好きだった。あれをまたやれると思うと、結構楽しみ。

 

そして翌日。
約束の時間より少し早めに目的地に行き、これから面接を受ける予定の場所を観察して回った。清潔感がある上に、訪れた人たちが無料で休める休憩スペースを広くとっていることが分かり、とてもよさそうな場所に感じた。
時間になったので受付で「面接に参りましたみぞグミです」と声をかけ、面接スペースに移動。
面接はすんなりと15分ほどで終わった。
手ごたえもなければやってしまったという感覚もなく、受かるか落ちるか全く予想の立たない気持ちで電車に乗って帰った。
面接のために訪れた駅のスーパーでさくらんぼが売られていたので、うれしくて買った。私の近所のスーパーにはもうさくらんぼは売っていない。シーズンが終わってしまったのだ…と残念に思っていたのだけれど、最後にもう一回食べられる!リュックの中にしまったさくらんぼは、粒が大きくてつやつやしている。大切に食べよう。

それから2日後。
カフェでネームを描いていて、ふとスマホを見ると留守番電話が入っていた。
確認してみると、アルバイトの採用連絡だった。明日また電話しますとメッセージが入っている。


受かってしまった…。始まる。アルバイトが…。
そう思ったら不安で不安でたまらなくなり、何も手につかなくなった。気分は沈み、とてつもなくゆううつで身体が動かない。背中が硬くなっていて、深い呼吸ができなくなっていることに気がついた。そういえば、背中が固まっていると気分が落ち込みやすくなると聞いたことがあるような気がする。気持ちを晴らすために背中を柔らかくしてもらおう!と重い身体を引きずってマッサージ屋さんに行った。
マッサージ師さんにほぐしてもらえたので、なんとか帰宅するくらいの元気はたまった。しかし、帰宅後も食欲がない。アルバイトのことが不安だ。今の気持ちを紙に書き出してみた。

仕事内容自体は昔好きだったからやるのが楽しみ
面接に行ったお店も、清潔感があって雰囲気もよい。どうせ働かなくちゃいけないならこのお店がいいと思っている
不安なのは、朝起きられるか、シフト通りに通えるか、ということのみ

…なるほど。
これをいい機会と思い、朝早く起きるトレーニングをしようと思った。

 

みてみてラジオの収録をした日

16時から嘉村さんとみてみてラジオを収録する約束をしていて、私は15時半に起きた。昨日の残りのから揚げ2個を食べて、ラジオの準備をした。
収録が済んだあと、少し横になりたくなってベッドに寝ころんだら、そのまま翌日の13時まで起き上がれなかった。
3時間も起きていなかった一日。
こんな日ばかりなので、アルバイトが不安だ。

〔エッセイ〕理想の文章

 「こんなふうに書けたら」。
 そんな文章がある。
 
 その文章と出会ったのは中学二年生の離任式の日。
 それより前の日程で行われた卒業式は、一緒に漫画の話をしたりリレー漫画を回したりして遊んでいた美術部の先輩たちが卒業していってしまったから悲しかった。
 一方で、今日の離任式では関わりのある先生は誰も異動しないことを知っていた。ただ決められたとおりに体育館に移動し、決められたとおりに整列し、式が始まるとただそれを見ていた。
 今回、隣のクラスの担任をしていた先生が異動になる。
 その先生は小柄な年配の女性で、眼鏡をかけていて、白髪の多く混じる髪の毛をいつも一つに結んでいた。週に一度は家庭科を教わっていたはずなのに、そんなことくらいしか先生のことを知らなかった。
 離任式では、異動する先生と特に縁の深かった生徒が壇上に上がり、先生と向き合いながらお別れの手紙を読む流れがあった。
 先生への手紙を読むために壇上に上がったのは莉菜ちゃんだった。

 莉菜ちゃんはいやな人だった。
 同じクラスだった一年生のころ、私は莉菜ちゃんと同じ班になったことがあった。
 莉菜ちゃんはいわゆる華やかな女子グループの中にいて、話し声が大きくて、何にも遠慮していなくて、気分がよければ私のような地味な人間にも親しげに話しかけるけれど、意識のとられるものが多い場では私のような人間のことは視界にも入らなくなるような人だった。簡単に言うと、私は莉菜ちゃんにいいように扱われていた。それは当時の私も分かっていたから、莉菜ちゃんと関わる時の自分はとてもみじめな存在になってしまったように思えていやだった。
 でも、莉菜ちゃんにはどこか「お前なんて大嫌い」と言い切れないようなところがあった。これから好きな先輩と顔を合わせるのにアイプチがとれたと女子トイレで大騒ぎして泣いている莉菜ちゃんはなんだか可愛い気がして、そういう憎めなさがずるくてますますいやだった。
 
 私の通っていた中学校は、二十人程度のクラスが二つしかなかったし、莉菜ちゃんとは一年生の頃同じクラスだったので、莉菜ちゃんが担任のY先生によく懐いて親しくしていることは知っていた。
 でもそれだけだったので、自分は部外者のような気持ちで、折りたたんだ手紙を開く莉菜ちゃんをぼんやりと見ていた。そして莉菜ちゃんは手紙を読み始めた。私は衝撃を受けた。

 結論を言えば、莉菜ちゃんがY先生へ宛てたこの手紙の文章が、私の「こんなふうに書けたら」という理想の文章なのだった。
 とにかく衝撃的な文章だった。莉菜ちゃんがどれだけY先生のことが大好きで、Y先生がいなくなってしまうことが淋しいか。まだ先生と一緒にいたいよという気持ちが自分の中にも流れ込んでくるような文章だった。あんなに切実で、可愛らしくて、胸を打つ文章に触れたのは初めてだった。

 莉菜ちゃんはいやな人。
 莉菜ちゃんはいやな人なのだけれど、そのお手紙には私の知らない莉菜ちゃんの姿があった。

 私はずっと、自分は文章を書くことが得意だと思っていた。
 「遠足に行って」「パン工場を見学して」「田植え体験をして」「六年生になって」。どのようなお題が来ても、悩むことなくスラスラ書けた。原稿用紙に文章を書くのは難しいことではなかった。
 何かと自分の文章が選出されたり掲載されたりする機会が多く、自分の文章は何かが「いい」のだと子ども心に感じていた。
 しかし、莉菜ちゃんの手紙の文章を聞いて私のそんな自意識は全部無しになった。悔しいなんて思わなかった。ただ、今までの自分の文章は全部間違っている、と思った。
私は、どう書けば人が満足し、褒めるのかを分かって書いていた。例えば運動会をしたのなら、仲間と一緒に練習した日々を糧に、当日は一生懸命競技に取り組みました。そして仲間と練習の大切さを感じました。お昼にはお母さんの作ってくれたお弁当を美味しく食べ、結果として赤組白組のどちらが勝ったとしても、自分の中で何がしかの得るものがあり、いい経験になりました、と締める。そういう文章の道筋が私にはすぐ見えて、作文の時間はそれを原稿用紙に写しとる時間だった。

 私は文章を書くということを勘違いしていたのだった。
 文章は、自分を良く見せるための道具じゃないし、正解を出すゲームでもない。
 書くということは、莉菜ちゃんのように、先生に大切な気持ちを伝えたり、先生と重ねてきた時間を忘れないよう大事に書き留めておいたりするためにあるのだと、私は知った。
 それまで私は、誰かに「すごいね」と言われたり、賞を与えられたりするのだから、自分の文章はいいものだと思っていた。でも、私自身が「いいな」と思うのは、莉菜ちゃんの手紙のような文章なのだった。

 しかし、記憶は薄れていく。
 私はもう、莉菜ちゃんの手紙を1フレーズも覚えていない。
 あれほどの衝撃を受けたのに、どうして私は忘れてしまったのだろう。莉菜ちゃんがY先生に宛てた手紙の文章は鮮烈な印象だけを私に残し、ずっと存在感を持っている。
 「どんなものか説明してください」と言われると答えられることは何もなくて、でもなにごとかの文章を一読した時に「該当する」「該当しない」の判断だけはつく。
 つまり私はいつも、形のないものを目指してああでもないこうでもないと文章を書いているのだった。

 1フレーズも覚えていない莉菜ちゃんの手紙だけれど、ただ、莉菜ちゃんは自分の「本当の気持ち」を書いていて、そこが印象的だったのだと思う。私もそういうふうに書きたいと思った。
 しかし、本当の気持ちを書くというのはすごく難しいことだった。「本当」を書くためにはまず、「本当」を感じなくてはいけないから。

 親の離婚をきっかけに、知っている人の誰もいない中学校に入った私は、小学生の頃のように自由奔放で朗らかな自分で教室にいることはできなくなっていた。
 中学校に入って、履いているスニーカーが変だと言われた。小学校の頃から気に入って履いている、パステルブルーの厚底スニーカーだった。
 小学校では、友だちみんなが「かわいい」と言ってくれていたのに、中学校では、「そんな靴を履いている人は他にいない」「変だ」と言われた。かわいいスニーカーが、恥ずかしいスニーカー、隠したいスニーカーに変わっていく。
 小学校では、私はよくしゃべる子どもだった。友だちとの話題は尽きることがなく、おしゃべりをやめなさいとよく大人に叱られた。でも中学校では、「声がかわい子ぶっている」「一人称が自分の名前なのもかわい子ぶっている」と言われた。
 これまで気に入って履いていたスニーカーが、当たり前のようにしゃべっていた声が言葉が、変なものに変わってしまったことに戸惑って、やがて私は「自分は今変なことをしていないか」が常に気になり、それが不安でたまらなく、いつも緊張するようになっていった。
 そんな私に、莉菜ちゃんの素直でまっすぐな文章は眩しかった。
 それから私は、本当に感じていないこと、本当に思っていないことは絶対に文章に書かないと決めた。手癖で体裁が整っただけの文章を書いてしまわないよう、自分で自分を注意深く見張るようになった。
 そうすると、豊かに感じることができない私は豊かな文章が書けないということに気がついた。
 だから、私はなるべく緊張をほどき、自然体で色んなことを感じられるように生きていきたいと思うようになった。
 莉菜ちゃんのことなんて全然好きじゃないのに、そんな莉菜ちゃんが私の生き方まで変えてしまっているのが不思議だ。
 まだ莉菜ちゃんのような文章を書けたことはない。
 けれど、「いつかあんなふうに書けたら」と、全く内容を覚えていない莉菜ちゃんの手紙を頼りに文章を書くのは、意外にも楽しい。

 

 

 

 

2022年11月の文学フリマ東京で配るフリーペーパーに載せたエッセイです。
いつまで経ってもエッセイの題材が決まらなくて、SNSにて匿名のメッセージサービスを使ってお題を募集しました。
その時にもらったお題で書いたのが上の文章です。


その後もイベント参加のたびにエッセイを書いたり夏のあいだだけエッセイ講座に通ったりしましたが、まだ自分の納得のいく文章は書けたことがありません。
というか、書かないとどんどん腕は鈍るのに最近の私はほとんど文章を書いていません。
文章を書く仲間とかがいてくれたらいいのになぁ…と他力本願です。

 

 

今年の秋の文学フリマ東京にもエッセイを持って行く予定なので、もし何かよいモチーフ、テーマなどありましたら教えてください。
エッセイを書く練習にも使わせていただくかもしれません。
本当に、とっても気軽に送ってもらえたらうれしいです。

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みてみてラジオ第24回 キャラクターグッズをたくさん買ってしまう/『まじです!』番外編を描きながら

みてみてラジオ第23回を投稿しました!

 

 

今回持ち寄ったみてみてトピックはこちら!

キャラクターグッズをたくさん買ってしまう(みぞグミ)
『まじです!』番外編を描きながら(嘉村)

 

これに加えて、ラジオネームまるいさんから頂いたメッセージ「応援のコメントがプレッシャーになってしまうことはありますか?」についてもふたりでおしゃべりしています!

 

今回の放送後記はこちらです。

 

みてみてラジオでは、みなさまからのお便りを大大大募集中!
ラジオの感想や、質問、ふたりに「みてみて」と話したいこと、なんでもOKです!
ラジオ内で紹介させていただくこともありますので、ラジオネームも添えていただけるとうれしいです。
ふたりで楽しみに待っていますので、お気軽にお寄せください~。

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それでは次回の放送もお楽しみに☆